大観TOP北宋書画特別展北宋汝窯特別展宋版図書特別展
「大観」は、2007年3月25日で大好評のうちに終了しました。


 


時代 北宋
展示場所 1F特展展示室
「汝窯青瓷奉華碟」

浅い皿状の「碟」である本作品は、縁をぐるりと覆った銅釦(錫と鉛の合金)と、底に刻まれた「奉華」の2文字が特徴です。現存する汝窯の中で「奉華」と刻まれているのはわずか3作品で、皿状の作品としては唯一のものとなっています。

「奉華」の文字は、焼きあがってから刻まれたものだろうと推測されており、細く鋭く刻まれた文字の中には深紅色が塗りこめられています。

汝窯特有の濡れたようなスカイブルーと深紅のコントラスト、そしてその細い書体が、器にさらなる優雅さを添えています。



作者 徽宗
時代
展示期間 2006/12/25~2007/02/08
形式&サイズ

軸 184.4×123.9cm

「文會圖」

八代皇帝の徽宗(1082-1135年)は、書、絵画、詩、音楽などを愛し、普及活動に積極的に力を注ぎました。その傍ら、自らも素晴らしい才能を発揮し、特に山水画、花鳥画、人物画における卓越した描写能力と構図の優雅さには定評があります。また書の世界では、「痩金体」と呼ばれる鋭く硬い線の優雅な書体を産み出しました。

この文會圖は徽宗の名で画院の者が代筆した作品で、文人達が茶会を開き、詩を詠みあう様子が描かれています。木陰のテーブルを囲んだ9人の文士が談笑し、少し離れた木の下で話し込む2人、そして御付きの者が9人と、人々の表情や衣服、しぐさなどの細部にわたるまで活き活きと描きこまれています。

故宮には構図をはじめ、人物や茶器の様子が共通する「宋徽宗十八學士圖巻」と「宋徽宗畫唐十八學士圖巻」が収蔵されており、3作品とも同じ絵をもとにしたものと考えられています。絵の右上には徽宗、左上には当時の宰相である蔡京の詩が書かれており、その詩から徽宗がこの絵を「文會圖」と名付けたことが分かりますが、手本となった絵の名前は「唐十八學士圖」と推測されています。

木々をはじめ登場人物や情景の描写も、きわめて精密です。卓上の椀や皿の配置、茶器を方形の炭鉢で温める方法、お茶を準備している従者が、長い柄付きの匙で茶缶から抹茶を取り出している様子などから、唐代末の五代から元明にかけて流行った「點作法(お茶の作法)」を行っているということが分かります。また描かれている茶器と同じものが、北宋時代の陶磁器として現存しています。

作品を通して、当時の「琴棋書画(音楽、囲碁、書道、絵画)」をたしなむ、文人らしい優雅な生活の様子を垣間見てはいかがでしょう。



作品名 汝窯青瓷盤
時代 北宋
展示場所 1F特展展示室
「汝窯青瓷盤」

小判型の浅皿である「汝窯青瓷盤」は、美しいひび割れと平底の足部分の黒い縁取りが特徴です。

この平底を囲む黒いラインは、銅釦(錫と鉛の合金)の縁取りが落剥したなごりです。底には5つのゴマ粒大の焼跡と、乾隆四十三年(1778年)五月に、高宗により刻まれた詩文が入っています。

今回は4種類の青瓷盤が展示されていますが、底の部分に銅釦の縁取りがあるのは、この作品のみとなっています。



作者 黃庭堅(1045-1105)
時代
展示期間 2007/02/09~2007/03/25
形式&サイズ 卷 29.1×213.8cm
「書寒山子龐居士詩」

黃庭堅は字は魯直、号を山谷道人の、江西省出身の書道家です。詩人としても活躍し、宋の四大家(蔡襄、蘇軾、黄庭堅、米芾)の一人として数えられ、蘇軾と共に「蘇黄(そこう)」とも呼ばれています。

宋の時代には行書、楷書が成熟期を迎え、当時の主流となっていました。黃庭堅も若いころはこれらを得意としていたのですが、晩年には草書に専念。芸術文学が花開いた宋の気風を受け、「美しい字」だけではなく「芸術」として個性を取り入れた書を発展させました。黃庭堅は書のリズムを重視し、古い書の歴史書の中で宋の四大家を「蘇勝在趣, 黃勝在韻,米勝在姿,蔡勝在度。(蘇軾は趣にあふれ、黃庭堅はリズムに勝る。米芾は技術に富み、蔡襄は大胆である)」と評していることからも、その様子がうかがえます。

「書寒山子龐居士詩」では、黃庭堅ならではのリズム感あふれるスタイルを堪能することができます。この書の中には「さんずい」のついた字が多いのですが、その一つ一つをよくご覧になってください。同じ「さんずい」とはいえ、微妙に勢い、配置、スタイルを変えながらも全体のバランスを絶妙に締めています。また字の中には線がかすれ、途切れているものも見受けられます。これは、黃庭堅の特徴であるダイナミックな筆運びの際に、勢いで途切れてしまったものなのです。

また「人」や「筆」などでは一筆を特に長く書くことにより、書体が変化するだけでなく、優雅さと大胆な効果を生み出し、かつ行間の空白部分が流れるような、全体のリズムとバランスを作り上げています。ぜひ全体とともに、一字ずつじっくりと鑑賞してみてください。



作者 崔白(11世紀後半に活躍)
時代 宋(1061年)
展示期間 2006/12/25~2007/02/08
形式&サイズ 軸 193.7×103.4cm
「雙喜圖」

崔白は煕寧(1068-1077年)初期に活躍した画家です。画院の芸学という役職に任命されるも、宮使えが性に合わないと辞退。神宗皇帝時代には、出仕せずともよいという優遇を受けながら芸学を勤めました。崔白はそれまでの主流であった黃筌父子の花鳥画を、より写実性を重視したスタイルに改革し、その後の花鳥画の歴史に大きな功績を残しました。

卓越した観察能力と確かな技術が崔白の強みであり、自然の姿をありのままに切り取る作風は、いかに崔白が自然を鋭く観察し続けていたのかを物語っています。カメラのない時代、動物や植物をひたすらに観察し続け、心に響いた光景を脳裏に焼きつけたら、すばやくスケッチに入る。この繰り返しで磨かれた高い技術は、今にも動き出しそうな動物や風にゆれる枝葉にしっかりと現れています。

「雙喜圖」は野ウサギが2羽の山喜鵲(カササギ)に脅かされながらも、「鷲や鷹なんかじゃない、カササギなんて怖くないよ」とでも言いたげに、平然とした顔で振り向いているワンシーンをユーモラスに描いたものです。2羽の山喜鵲と樹木、そして野ウサギと、画面全体を大きくS字に流れる構図はリズム感に溢れ、それに風にたなびく草、竹の葉の描写が加わり、今にも動き出しそうな躍動感に満ちています。

この絵を鑑賞する時には、全体のリズムを捉えるのはもちろん、野ウサギと山喜鵲に注目してみてください。ウサギの毛と鳥の艶やかな羽の質感の違いはもちろん、野ウサギの短くて柔らかい産毛と長めでしっかりした表面の毛の違いまでもが、見事に描き現されているのです。作者の優れた観察力を垣間見ることができる、絶好の資料となっています。



作者(選者) 宋 徐兢撰
発行元 宋乾道三年(1167)徐蕆江陰澂江郡齋刊本
展示場所 未定
「宣和奉使高麗圖經」四十卷三冊

本書は高麗に関する最古の記録書で、宋版図書としては珍しく他国の風俗を細かく記した紀行文となっています。作者の徐兢(1091-1153)が宣和五年(1123年)に外交官として高麗へ赴任した際の報告書で、帰国した翌年に作られました。

しかし1127年に北宋が滅びたこともあり、完成の後、本書はお蔵入りになってしまいました。この「宣和奉使高麗圖經」は、1167年に徐兢の甥にあたる徐蕆が出版したものです。タイトルに「圖經」とあるように、元来は挿絵がついていたのですが、北宋時代末期に発生した靖康の乱の際に絵の原版は紛失してしまいました。その後、800年が過ぎましたが、当時の原版により印刷されたものは、故宮に現存している本書のみとなっています。清の時代に、鮑廷博という人物が「知不足齋叢書」に本書のコピーを彫りいれましたものの誤りが多く、より原版の貴重さが高まる結果となりました。

この紀行文には、北宋時代の高麗の様子が生き生きと記されています。日本から高麗へ白杉木の扇が輸入されていたなど、当時の外交関係などが推測できる記述も見受けられます。気候や名所紹介などに始まり、当時の高麗人の服装や文化、習慣などが詳しくまとめられており、最古の高麗ガイドブックとも言えましょう。文献的価値も非常に高い、貴重な図書となっています。




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旅々台北 【 台北遊透隊 】 調査報告書 No.014 「國立故宮博物院徹底攻略ガイド」
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