水産館
 基隆市中正路、正浜漁港の横に、3階建てのこげ茶色をした建物があります。外壁の塗装はまだらになったり剥げ落ちた箇所も見られますが、シンプルで縦と横の線を強調したこの建造物は威風堂々として、基隆でも残り少なくなった日本時代の産業建築としての風格を保っています。モダニズムを十分具現した外観、中庭を囲む四角形で、中を中空にした配置方法、これらはすべてこの建築物がかつて持っていた輝きと重要さを物語っています。

 コンクリートと木で造られた階段を上ると、二階の踊り場には台湾創設期の二人の元首の写真が掛かっています。一階の回廊にはさび付いた二台の手押し車が静かに置かれて、ここがかつては基隆でもっとも賑やかなビジネスビルだったことを無言のうちに語っているかのようです。


 この建物は1934年の完成当初には水産ビルとして知られていました。その後第二次世界大戦後には海軍指揮所となり、1961年からは漁業組合ビルとなりました。このように数々の変遷を経、歴史の多くの重要な一齣一齣を目撃してきたのです。日本統治時代には、このビルの中に郵便局、海事局、水産試験所、漁業組合事務所などがあり、当時としてはかなり進んだビジネスビルだったのです。

 中庭をぐるりと囲むようにして作られたこの建築様式により、各事務所が互いに緊密な連絡を保つことができるようになっています。風通しもよく採光も良好な中庭は、数々の活動に最適で、そのためこの建築物は今にいたるまでずっと海港都市である基隆の重要活動拠点となってきたのです。ここが1960年代に漁業組合ビルとなってからは特に地元の漁師たちと密接に結びつくようになりました。

 日本統治時代からこの付近には旧漁業組合ビルや正浜漁港、魚市場があり、さらに水産館、水産試験場、鰹節工場なども隣接していたため、この界隈には「水産」という地名がつけられるようになりました。


 現在、漁業組合は別の場所に移転し、この建造物の一部は漁業関係の会社などに貸し出され、今も使用されています。この歴史的なビルはすでにその重要な役割を終え、いわば幕の後ろに退いたわけですが、その歴史における重要な役割を忘れる人はいません。基隆市政府(市役所)は将来このビルを「漁業文物館」として改造し、後の時代への証として保存する計画を立てているようです。

住所:基隆市中正路391号 開放時間:終日
現在の状況:現在は一部が住宅また会社として使用されています。見学の際は静かに住民の迷惑とならないようにしてください。