八斗子北部火力発電所
 潮境公園の冒頭で少しだけ触れた、太鼓橋風の赤い橋。その橋の上から、海とは逆方向を向いて撮ったのが、上の写真です。小さな入り江になっているため、たくさんの漁船が帆を休めていますが、その向こう奥に見える廃墟のような建物。これがこのページで取り上げる八斗子北部火力発電所跡です。

 外から見る限り、何の変哲も無い廃墟ですが、実は中に入っても普通の廃墟なんだそうです。あまりの荒廃ぶりに、危険なため一般の敷地内への立ち入りは禁止されています。しかしそれでも取り壊されず現存しているのは、基隆の、いや台湾の歴史を語る上での重要な建造物であるとして、保存の機運が高まっているためなのです。


 この発電所が建設開始されたのは、日本統治時代の1937年のことです。完成までに約2年を費やしましたが、当時の最新設備満載のこの発電所は、日本を除けばアジア最大規模で、それからの台湾の産業発展に大いに活躍することとなりました。

 地上6階建ての柱梁構造のこの建物は、清水建設の前身である清水組が建設し、建設当初の総発電量は3万5千キロワットでした。例えば現在の品川火力発電所1号系列の総発電量が114万キロワットだということを考えれば、とてもとても現代の能力と比較出来るものではありませんが、1953年に新館が増設(1955年完成)されて4万キロワットへ増強し、1981年に現役を引退するまで、台湾発展の原動力としてフル回転し続けました。

 何本もの煙突から勢いよく煙を吹き上げる当時の写真は、現在の荒廃ぶりからは想像も出来ない勇ましさと共に、今となってはちょっとレトロモダンでお洒落な印象さえ感じられます。

 中に入ることも出来ませんから、観光スポットとはいえませんが、朽ちゆく建物を眺め、遠い日本統治時代とその後の台湾の興隆
に思いをはせてみるのも・・・たまにはいいかも。