大鵬灣國家風景區(遊ぶ)

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美人洞(小琉球)

 小琉球の面積は6.8平方キロメートル。8つの村があり13,000人ほどの人が暮らしています。風、雨、波ともに少なく、年中訪れることができますが、やはりシーズンは5~10月の夏場。小琉球でのスタイルは、はだし、サンダル、ショートパンツですよ。なお、熱射病や紫外線対策は十分してください。東港からの船が着く白沙尾にはコンビニやお店があり、飲料水などを買うことができます。それ以外のエリアではお店が少ないので注意してください。

 小琉球は今から2千万年くらい前に、珊瑚礁が隆起してできた島です。珊瑚礁の厚みは4~10メートルあり、広範囲に渡って珊瑚由来の石灰岩が露頭しています。美人洞周辺は特に珊瑚の化石が多いエリアです。

 小琉球の人達は早期結婚の習慣がありました。早くから家庭を築き安心して海に魚を捕りに出るためです。ここは集落から一番近い地下水が出る場所で、中には井戸が一つあり、それが現在の「麗池」です。たくさんの若い女性たちがここに水をくみに来ておしゃべりをしたり、水浴びをしていたので、通りかかった村人達はこの光景を見て「美人洞」という名を付けたそうですよ。

※美人洞エリアの入場は有料です。

入り口入り口
麗池麗池
麗池周辺の風景麗池周辺の風景

珊瑚の化石珊瑚の化石
美人洞近くの海美人洞近くの海
美人洞近くの海岸美人洞近くの海岸

山豬溝(小琉球)

 山豬溝には、二つの言われがあります。

 一つ目は、人間になる訓練をしていた山豚の妖精が、天国から下界に下りて海辺でシャワーを浴びていた仙女に恋をし、そして彼女の衣服を盗み取り脅迫のように求婚をしたのです。仙女は承諾するふりをして衣服を受け取ると、すぐに天国へと飛んで行ってしまい、傷付いた山豚の妖精は一日中悲しみ嘆き、怒り狂って死んでしまったので山豬溝と名づけられたとのこと。

 もう一つの言われは、昔村人がたくさんの豚を飼っていましたが、その内の何匹かはひづめに4本の指が生えており、それは一種の不吉の兆候であると見なされたため、村人達はそのブタをここに野放しにしたので、山豬溝と名付けられたとか。

 それはともかく、山豬溝は珊瑚由来の石灰岩が織り成す神秘的なジャングルです。まるで「ジュラシック・パーク」の映画の世界に入り込んだような気分になります。秘密基地のような洞窟やたくさんの巨大石もあり、また、日本統治時代の防空壕や地下道などの史跡も残されています。

 この密林地帯には、たくさんの姑婆芋(クワズイモ)があり、その根茎には毒がありますが、葉には毒はなく、昔の人達はその葉を使って、肉や魚などの食べ物を包んだりしていました。となりのトトロでトトロが雨傘にしていたのがこの葉だそうですよ。またスヌーピーに似た岩は台湾神話の中にある、玉皇大帝の忠犬で、山豬の霊魂を鎮圧する神の犬だそうです。

※山豬溝エリアの入場は有料です。

不気味な木の根不気味な木の根
地盤は珊瑚礁地盤は珊瑚礁
防空壕にもなった洞窟防空壕にもなった洞窟

遊歩道が整備されている遊歩道が整備されている
姑婆芋姑婆芋
スヌーピー似の岩スヌーピー似の岩

烏鬼洞(小琉球)

 「烏鬼」は福建省南部の言葉で「有鬼(幽霊がいる)」の意味。烏鬼洞は、海の浸食によりできた洞窟が最も多い場所で、礁岩歩道が整備され、奇観を間近に楽しむことができます。特にここから眺める夕陽の美しさは圧巻ですよ。また、洞窟内へ入って探検することもできます。ここには昔シラヤ族が残した生活遺跡がありますよ。中は暗くて狭いですが、勇気のある人はぜひ中へ入って体験してみてください!

 その烏鬼洞の由来ですが、少し怖いお話です。オランダ統治時代に原住民のシラヤ族らを奴隷にしていましたが、鄭成功がオランダ人を追い出した後、彼らは烏鬼洞にも住むようになりました。その後イギリス兵士たちが小琉球を観光で訪れた時、彼らはそれを侵略だと勘違いして殺してしまいました。残ったイギリス兵士たちは烏鬼洞に放火し、大勢が逃げ遅れました。・・・その後ここを通りがかった村民が「うめき声」を聞き、ここで鬼(幽霊)が騒いでいると思い、そのため「烏鬼洞」と呼ばれるようになったのです。実はその「嘆き声」は、海風が海石洞を通る時の隙間風の音でした。

※烏鬼洞エリアの入場は有料です。

烏鬼洞ゲート烏鬼洞
烏鬼洞烏鬼洞
烏鬼洞内烏鬼洞内

烏鬼洞付近の風景烏鬼洞付近の風景
烏鬼洞付近の遊歩道烏鬼洞付近の遊歩道
夕日を眺める夕日を眺める


レポーター:Tracy TOPTOP