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2003年7月28日〜8月28日
 旧暦7月の台湾では、ご馳走の準備に大忙し。市場やスーパーには肉、魚、お菓子やラーメン、お酒など、食料品が山積み。「中元節」の準備をうながす広告が、あちらこちらで目につきます。実家に帰省してきた家族へのご馳走なのね、と思ったあなた。正解です。ただし、彼らはかなり遠くから帰ってくるのですが・・・。

● 7月は鬼の月

 先祖を大切にする台湾では、この「中元節」はとても大切。各家庭だけではなく、各地で政府主導による「好兄弟(亡くなった人々)」お迎えする儀式が開催され、観光行事として楽しまれています。特に100年以上の歴史を持つ基隆の「中元節」は規模、知名度共にダントツ。旧暦7月1日にあの世の門が開いたことを祝う「開龕門」から「放水燈」、「中元普渡」、そして月末に門が閉じたことを象徴する「閉龕門」など、一連のイベントはどれも一見の価値あり。観光局が制定した「台湾觀光の十二大イベント」のひとつであることに納得です。

● 中元節の由来

 さて1年12ヶ月の中で、なぜ中国では7月が鬼の月となったのでしょう?

 これには諸説あり、各宗教により異なったストーリーがあります。道教では旧暦7月15日は地獄の地官大帝の誕生日であり、その恩赦として特別に旧暦7月の一ヶ月間だけ地獄の門を開放。地獄に落ちて鬼となった人々が、この世に戻ってご馳走などの歓待を受けることにより人間としての心を取り戻し、早く極楽へ迎えるように・・・という地官大帝の慈悲の心によっているのだとか。

 一方、仏教では悲しい母子物語が。目蓮というお釈迦様の弟子が、自分の母が地獄に落ちて苦しんでいるのを耐えられず、助け出そうと決心。さまざまな試練を経て母の元にたどり着きましたが、母親は餓鬼界で餓えに苦しみ、その原因は、なんと現世で自分の子供、つまり目蓮をかわいがりすぎたことにあると言うではありませんか。

 それを悲しんだ目蓮は、お釈迦様の教えに従い、毎年7月15日に新鮮な花や果物を神々に供え、徳を積み、母親のいち早い解脱を祈ったのです。

 このように由来には諸説ある中元節ですが、その長い歴史には中国人の孝行と、慈愛の心が流れていることは間違いないようですね。


● 基隆中元祭の由来

 台北、宜蘭、そして新竹の客家民族による中元祭など、毎年旧暦7月15日には台湾の各地で中元を祝うお祭りが開催されます。その中でも一番大規模で、盛り上がるのがこの「基隆中元祭」。しかし、このお祭りの裏には、悲しいストーリーが隠されているのです。

 19世紀の基隆には、中国大陸からの大勢の移民が住み着き、水、開墾地の争奪戦、出身地が異なる人々の間での喧嘩など、争いごとが日常茶飯事でした。これらの争いはエスカレートする一方で、ついに清咸豐元年(1851年)には大騒動、「泉械鬥事件」が発生。大勢の人が亡くなり、傷つきました。

 これを悲しみ、悔やんだ基隆の人々は、有力者の指導の元、毎年中元節に盛大な普渡祭典を催し、事件で亡くなった人々、また天災や事故で命を落とし、弔う人もいない魂を、慰めることにしたのです。

● 基隆中元祭

 今年の基隆中元祭は、ョ宗親會(※)による主催。「藝文祭典・神采飛騰」をテーマに、伝統に芸術と文化が融和した新しいタイプのお祭りを目指しているのだとか。市内各所でコンサートやダンスが上演され、国内外からの観光客がさまざまなイベントを楽しみました。また、かつての対仏戦争で亡くなり、基隆眠るフランス人の魂を慰める祭事も同時に開催され、「基隆中元祭」の名を国際的にも広めるきっかけとなりました。

150年以上の歴史と伝統を誇る基隆中元祭は見どころたくさん。そのなかでも特に注目したいイベントを紹介しましょう。

※宗親會:同じ姓を持つ人達が集まる親睦会。ョ姓宗親會は、ョという苗字を持つ人が集まっている。

【開龕門】
 「龕」は「塔」や「塔の下の部屋」を意味します。基隆の人々は老大公廟の神塔の下にあの世への門があると考えており、毎年旧暦7月1日に宗親會のリーダーや、基隆政府の代表者が老大公廟前に設置された祭壇前に控え、地下の門が開いて「好兄弟」が地上に戻って来るのをお迎えする祭事です。

【主普壇開燈】
 基隆中正公園内にあり、中元祭りの中心ポイントとなっています。毎年旧暦7月が近づくと、当年の担当である宗親會が装飾等の作業を開始します。伝統とモダンが組み合わさった斬新なデザインを目指して、毎年、担当者はデザインに頭をひねるとか。

 龕門が開いてから約10日後に、主普壇の点灯儀式が開催されます。暗闇の中に色とりどりのライトが燈っていく様は、とても幻想的。このライトは龕門が閉じるまでの間ずっと灯り続けます。

 今年の主普壇では中央に大きな「ョ」、左右の塔の上に金、、貂、石の字が浮かび上がりました。「ョ」は今年の主催者である宗親會を、金、、貂、石は清の時代の基隆の4大行政区、金包堡、三貂堡、石碇堡、基隆堡を意味しているのだとか。美しくもあり歴史の勉強もできてしまう、ちょっとオツな演出ですね。

【迎斗燈】
 中国文化では、「燈」は邪気をはらい、福を呼ぶと考えられています。また、「斗燈」は天、地、人の三パートから構成されていて、悪運を取り除く剣、生命を意味する鏡、重さを測る天秤など、さまざまな吉兆を意味するアイテムで構成されているそう。基隆市の各宗親會会館の中には、各姓の血縁の象徴である「斗燈」が奉納されており、中元祭の二日前には取り出され、祭典のパレードの後、慶安宮に奉納されるとのこと。

 「斗燈」が燃え尽きてしまっても、これで終わりではありません。せっかく招いた福が消えてしまわないようにと、宗親會の会員は自分たちで作った「斗燈」に火を入れるのです。「斗燈」が燃え上がると同時に、観客たちの盛り上がりも最高潮を迎えます。

後半へつづく