| 2004年6月2日 | ||
| ●陵街(靴屋街)ストーリー | ||
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●陵街のある中正区はその昔、城壁にぐるりと囲まれた台北城(台北府)があった場所。この城壁の内側は、城内もしくは城中と呼ばれていました。日本統治時代には、この●陵街界隈も日本人居留区になっていて、数多くの日本人が住んでいました。当時は、○○街と呼ばれるような、特定の業種が集まっている場所ではなく、花屋もあれば、洋服屋もあり、靴屋もあれば食品店もあるといった雑多な商店街だったそう。日本人が始めたお店も数多く、当時から今でも残っているお店の一つが、以前台北日和でもご紹介した「十字軒」です。ここのお店もそうであったように、城中区の多くの商店が、戦後日本人から台湾人の手に経営が引き継がれるようになりました。 日本統治時代とその後の中国大陸からやってきた国民党政府時代には、この付近にも政府機関が次々と設けられ、それを取り囲む商業地としてさらに発展することになります。今やカメラ街として有名な博愛路や衡陽路なども、当時は輸入物を扱うお店がいっぱいあったそうですよ。●陵街は、近くに中山堂があることから、1950年代から1960年代には花屋が多く開店し、一時期「花屋街」として知られたそうです。どうして花屋かって?それは中山堂で開催される国民大会や、周辺にある政府機関の季節のご挨拶用に、と花のニーズが高まったからなのですね。
※…●はさんずいに元 【●陵街】 |
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