2003年12月16日
基隆港

 台湾を代表する国際港、基隆。早くも16世紀初頭には貿易の重要拠点として、オランダ、スペインが、この地を巡って戦争をしていたのだとか。日本統治時代には台湾最大の港に発展し、神戸と基隆を結ぶ豪華客船が2日に一便の割合で運航されていたそう。現在でも目を見張るような大型船の姿が絶えることがありません。

 台北駅から列車で約30分。ホームに降り立つと潮風が鼻をくすぐり、海がすぐそこにあることを教えてくれます。改札を出ると、もう目の前は基隆港。巨大なタンカーやクレーン、そして軍艦が細長い港にみっちりと並び、船上で忙しく動き回る人たちの熱気が、こちらまで伝わってきます。

 基隆港は海岸線から西南にクサビを打ち込んだような形をしており、波が穏やかで、また、台湾には珍しく冬場の霧も少ないことから、昔から天然の良港として利用されてきました。
 そのため基隆港の独占をたくらむ諸外国の勢力争いが絶えず、1863年に清朝が正式に対外開放を決定するまで、スペイン、オランダ、イギリス、日本などの間で、時には軍艦の大砲が火を噴くまでの争いが行われたのだとか。

 日清戦争後に、台湾を統治した日本政府も、基隆港を台湾の窓口として重視。5期に渡る長期開発計画により、1916年には台湾一の貿易港に発展。日本のみならず、中国大陸、東南アジアと台湾をつなぐ大型船の寄港地として繁栄し、港には当時の主要産品であった米、砂糖、樟脳、茶葉などが山のように積まれていたそう。

 また貨物のみならず、人の往来も盛んで、神戸と基隆を結ぶ豪華客船の定期航路が運航されていました。現在、海港大樓として使われている石造りの建物は、1934年に港湾を管理する役所の合同庁舎として竣工。丸みを帯びたこの5階建ての立派なビルディングは当時の基隆で飛びぬけて背が高く、港や街のどこからでもその姿を拝めたとのこと。街には船旅の客や、船乗りたちを見込んだ料亭や旅館が軒を並べ、日本からやってきた人たちが、南の田舎町と思っていた基隆の都会ぶりに驚いたそうですよ。また日本の寒い冬を避ける、避暑ならぬ避寒地として、諸外国の人たちにも人気があったとか。

 現在では台湾一の座を高雄港に譲りましたが、貿易港としての顔は健在。また、大阪、沖縄、基隆を結ぶ客船や、アジア諸国を巡る豪華クルーズ船も運航されており、今でも日本から船で台湾に向かった人たちを、最初に迎えてくれる地であるのです。

【基隆港】
住所:基隆市中正路
交通:鉄道「基隆駅」、「基隆バスターミナル」すぐ


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