2003年10月27日
九分

※台北日和の記事は遡及調査をしていないので、現状と異なることがあります。

 台湾のレトロが、ぎゅっと凝縮された町。それが九分。映画「千と千尋の神隠し」の舞台とも噂される、夕刻の光と薄闇が似合う町なのです。

 九分の家々は山にへばりつくように立っています。急斜面に寄り添うように並ぶ家々を縫うように走るのは、人がやっとすれ違えるほどの細い路地。観光客でにぎわうメインストリートからちょっと横道に入ると、さきほどの喧騒が嘘のような静けさで、響くのは自分の足音だけ。ほんとうにここに人が住んでいるのだろうかと、ふと不安になってしまうほど。

 元来、住人が100人にも満たない小さな村落だった九分ですが、19世紀末に金鉱が発見されると同時に、一攫千金を求める人々で人口は数万人に膨れ上がり、当時の台北にも劣らないと言われる歓楽地が出現しました。しかし、戦後日本人が去り、また金脈も尽きると、町にはまた静かさが戻ったのです。

 しかし、侯孝賢監督の映画「悲情城市」や「恋恋風塵」の舞台に採用されたことをきっかけに、50年前の空気をそのまま瓶に閉じ込めたような九分に、また人々の目が向き始めました。そして90年代以降の懐古ブームを追い風に、レトロな雰囲気と、山と海を見渡せる美しい景色が評判の一大観光地に生まれ変わったのです。

 ゴールドラッシュの折には、立派な日本家屋や料亭、レンガ造りの中国式居酒屋、映画館などが所狭しと並ぶ一大歓楽地であった九分。過疎により再開発の手が伸びなかったことがかえって効をなし、規模は縮小したものの、当時の建物が数多く残っています。時の流れを受けて、柱が真っ黒に変色した木造家屋や、緑色の苔に覆われた石造りの洋館を改造し、さらにレトロムードを強調した茶芸館やカフェ、レストランが並ぶ様子には、古い映画のロケ現場にでも紛れ込んだような気分にさせられます。

 建物と建物の間隔が狭く影が多いこの町を歩いていると、明るい昼の太陽の下でも、どこか懐かしい寂しさを感じることがあります。日本風とも、中国風とも言い切れない、無国籍風な町並みが、自分が今、どの時代のどこにいるのか、という確証をゆるがせてくれるのが、不安であり、また、なにか楽しい心持にさせてくれたりも。

 夕闇が町を包むにつれ、店先の赤い提灯にぽっ、ぽっと光が燈っていく様は、「千と千尋の神隠し」の一シーンのよう。美しいと同時に、過ぎ去った時間を思い出させてくれるような、そして、少し感傷的な気持ちにさせてくれる、九分は不思議な町なのです。

※台湾では九分の"分"には「にんべん(イ)」がつきます。

【九分】
場所:台北県(現新北市)瑞芳鎮豎崎路・輕便路一帯
交通:基隆駅前バス停より金瓜石行きバスで約30分。九分バス停下車。
※もっと詳しい情報はこちら:
台北遊透隊「暮らすように旅したい 1泊2日、ゆるゆる九分のス スメ


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