麺の歴史

ある考古学者が中国黄土高原で最古の麺のかけらを発掘しました。その麺が作られたのは4000年前、現在世界で最古麺とされています。この麺は歴史上初めて麺作りを始めた民族が中国に暮らしていたことも明らかにしています。
西周時代(紀元前1100年頃〜紀元前771年)から手工業が盛んになっていき、祭事や宴席を行うため厨房で働く奴隷が登場し始めます。つまり、早期の麺料理は宮廷から始まるのです。 史料によれば、西周から戦国時代(紀元前770年〜紀元前221年)にかけて麺は約20種類にまで増えています。
当時の麺はその多くがが円形で主な原料は稲やキビ。煮る、砕いて蒸す、こねてモチ状にするなどの方法で調理し、餡の材料に肉や蜜、酒、花を使っていました。麺はすでに中国人の生活になくてはならない食糧になり、それぞれの朝代で異なった呼び名がつけられるようになります。宋朝(420年〜479年)からは、中国各地で風味の異なる様々な麺、滷麺、湯麺、刀削麺などが登場し始めます。麺の形状も幅広のもの、薄いもの、細いものなどに分類され、調理法に至っては煮(煮る)、撈(すくう)、炸(揚げる)、炒(炒める)など変化に富んできます。
その後麺文化は台湾へと伝えられ、中国全土の麺がここに集結。台湾各地に独特の地方麺とその食べ方が生まれることになります。それゆえ台湾のバラエティ豊かな麺料理は地方色が濃く、その土地ならではの麺が楽しむことができるのです。

麺の種類

  • 刀削麺
  • 刀削麺

  • 中国5大麺の1つで山西太原地方発祥。数百年の歴史を有します。生地をしっかりさせるため、足で繰り返し踏んでこしとつやを出します。その名の通り、生地を片手にのせ、一方の手に刃を持ちながら麺を熱水中に削り入れてゆでます。熟練の技が必要。切り口や太さが不均一なのが特徴。
  • 麺線
  • 麺線

  • 東漢時代(25〜220年)以来2000年の歴史がある麺。生地に食用油を染み込ませているため熟成度が高く、細長く伸ばせるのが特徴です。現在の麺線には白い麺線と製造過程で蒸しを加えた赤い紅麺線の2種類。紅麺線は台湾オリジナルの麺。麺線ほど弾力はありませんが煮込みに最適。
  • この麺が食べられるお店
  • ■ 金佳麻油鶏
  • 猫耳朶
  • 猫耳朶

  • 北魏時代に広まった中国山西太原地方の家庭麺。形が猫の耳に似ていることから、猫耳朶と呼ばれています。その昔この麺を作る時、卓上に生地を広げ均等に手で引っ張りちぎっていました。その後ボウルを使って麺粉を混ぜたり練ったりするようになり、卓上で延ばすことはなくなりました。
  • 陽光麺
  • 陽光麺

  • 別名を清湯麺ともいいます。「農暦10月は小陽春と呼ばれ、ちまたでは隠語的に10を表す」そうです。昔、麺1杯の一般的な値段は10文銭だったという意味も込めて、10文銭1杯の麺が陽春麺と呼ばれるように。陽春麺はスープだけで具はありません。細麺や幅の広い麺など、どんな麺でも陽春麺と総称されます。
  • 意麺 鹽水意麺
  • 意麺 鹽水意麺

  • 生地に1滴も水を加えないのが特徴。水分は全て鴨の卵で補います。そのため、できたての麺には独特な香りが。台湾の鹽水で生まれたため「福州意麺」とも呼ばれています。麺を打つ時に力がいることから、元々は「力麺」と呼ばれていましたが、力を込める時「イッ、イッ」という声が出ることから後に「意麺」という名が。
  • 意麺 南投意麺
  • 意麺 南投意麺

  • 基本的に陽春麺とほぼ同じ。違いは細麺でモチモチしていて香りがいいこと。すぐのびてしまう陽春麺に比べ、食べ終わるまで一定の食感を保ちます。南投意麺の正式名称は「幼麺」で、麺が細いことを意味しています。この麺よりさらに細い麺線と差をつけるため意麺という名がつけられていますが、南投では一般的に幼麺。
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  • ■ 晴光意麺
  • 板條
  • 板條

  • 切った板仔條を煮て作っています。まず在来米をけずって米漿(米の汁粉)を作り、それを煮た後に鉄製の浅いバットの中に移動。冷めてから、1枚1枚重ねていきます。その形がタオルに似ているため、面巾麺という別名もあります。食べるときにさく状に切るので、板條と呼ばれるようになりました。台湾では客家料理に多く見られます。
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  • ■ 阿妹麺店
  • 米苔目
  • 米苔目

  • 古く米苔目は竹片や木片の網状になったもので作られていました。この麺名前は台湾語の発音で網状のものを「苔」と発音し、網の間にある小さい隙間が目に似ていることから「目」。米を磨ってとろりとした液体状にし、網状のもの(苔)の穴(目)から押し出すことで、1本の麺が出来るころから、米苔目という名がつけられています。
  • 米粉
  • 米粉

  • <説1>
  • 戦乱の五胡十六国時代(304年〜439年)、北方の住人が南に移住します。故郷の麺の味を懐かしんだ彼らが小麦粉の代わりに南部の米を使って作ったのが、「米條」と呼ばれる太めの麺。この麺が代々受け継がれ、技術の発達にともなってより弾力を増した米粉へと変化を遂げていきます。
  • <説2>
    五胡十六国時代、北方の民族が南遷した際、南部の米を使ってモチのような塊を練り、圧力をかけて麺を作ったのが由来とされています。この作り方は福建省の惠安縣が発祥。米粉は蒸してあるので調理も早く簡単、軽くて持ち運びも便利。利便性の高い麺として好まれています。
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  • ■ 阿妹麺店