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(リンベンユエンユエンディ)

 林本源園邸は、林本源一家により、1893年に造園された、台湾が誇る歴史的名園です。古き良き時代の美しさ優美さ繊細さを兼ね備え、江南式庭園の特色に富んでいます。

住所 新北市(旧台北縣)板橋區流芳里西門街9號
アクセス MRT府中駅から徒歩約10分
電話 02-2965-3061
参観時間

9:00-17:00 (入園は16:00まで)
金曜日は19:00まで延長

定休日 毎月第一月曜日(祝日の場合は翌日に振替)、旧暦の大晦日と元日 1/1
参観料

無料

ウェブサイト http://www.linfamily.ntpc.gov.tw/


※枠付きの写真は、クリックで拡大画像が別ウインドウに表示されます。

林家花園プロフィール

 文献によると、林本源とは人名ではなく林氏一族を祭る組合の号、「木率水源、以永世沢」という言葉から取ったものだそうです。林家は1847年、小作料を集める作業の拠点として板橋に弼益館を建てた後、三落大厝や五落新大厝、そして白花庁と林家花園を建築。林家全盛の時代、これらの建築は合わせて17311坪もありました。その後、歴史の変遷や度重なる天災を経て、現在は五落新大厝と白花庁は林園ビルに建て直され、最も重要な旧大厝と花園だけが残されました。

 現在の林本源園邸の総面積は6,054坪。敷地3,815坪の花園は、1893年に造園された際、資材は中国から運ばれ、職人は中国から名匠を招きました。汲古書屋や方鑑齋、来青閣、開軒一笑、香玉移、観稼樓、定静堂、月波水榭など庭の建造物の命名もそれぞれ奥深く、設計もアイディアに満ちています。建造物にはそれぞれ迫力があり、古き良き時代の美しさを湛えています。構造はとても優美で繊細、江南式庭園の特色に富んでいます。大台北地区で古跡を訪れるなら、この名園がいちばんです。

林家の歴史

 板橋の林本源一家の原籍は福建省。1778年、林平侯氏は中国から台湾に渡ってきました。初めは困窮にあえぎましたが、当時は読み書きのできる人が少なかったため、私塾を開いて学生を指導することで、なんとか生活をしのぎました。幼い頃から頭の良かった林平侯氏は、後に米屋を開いて経営の才能を発揮、莫大な富を得て財産を築きました。

 その後、商売が忙しくなり、小作料を集める作業に使うため1847年に弼益館を建設、住居兼集めた穀物の保存場所に使用しました。そして1853年、三落旧大厝を建築し、一家で板橋に移り住みました。経済発展に後押しされた文化の繁栄の中、この町には地主や役人、富豪が集り、物質的な贅沢だけでなく自然の美を思いのままに楽しんで隠居暮らしをおくるため、蓄積した富を住居の隣に建築物と一体を成す園林を築いたのです。林家も1888年から1893年に、銀50万両を費やして三落旧大厝の隣に個人園林である「林家花園」を造り上げました。

 日本統治時代が終わった1949年、国民政府が台湾にやって来ると人口が瞬く間に急増しました。政府と共に台湾に来た人々の多くが住む場所を求めていたため、林家は快く花園の一部を同胞の仮住まいとして貸すことにしました。が、20年が経ち、徐々に占拠されて破壊されてしまった上、出て行ってももらえなくなってしまいました。1972年、林家は花園部分を寄付。台北県政府(現在の新北市政府)と花園内の住民が協議した結果、1986年12月修繕工事を開始。1億5000万元をかけ1987年元旦に一般公開されました。

 林本源園邸の修繕と一般公開は、観光と地方の繁栄を促しただけでなく、台湾の優美な歴史建築と古跡の保存や、園林の再建、史料や文化遺産の保護などに大きく貢献した点でも、深い意義を持っています。林家花園を管理している方は、訪れる皆さんに貴重な園邸を大切にして、後世の人々と一緒に楽んでもらうことを願っています。

参観ルート/建物のみどころ

◆入り口
 入るとすぐ目に映るのは、きれいに並んだ新緑のクスノキ。クスノキは今では珍しくありませんが、当時はとても高価なものでした。台湾は当時、樟脳の輸出大国。樟脳の栽培や売買には国の許可が必要でしたが、林家は国から特許を受け、北台湾で樟脳の経営を一手に引き受けていたため、林家の当時の社会的地位と経済的地位を象徴するかのように、入り口に原料となるクスノキをずらりと植えました。
 方亭は、ここを訪れた人が雨風をしのぎながら休憩したりお喋りしたりするための場所で、スタート地点でもあります。参観エリアあちこちにスタンプが用意されています。林家の華やかな風光をコレクションしたい方は、紙を用意してスタンプを押すことをお忘れなく。

◆古典的長廊下
 当時としては台湾一、いや、中国一の富豪だった林氏は自分のステイタスを示すため、普段通る長廊下も精巧に設計しました。この長廊下を歩くと、富の頂点を極め、家族や使用人に出迎えられる当時の華やかな光景が目に浮かぶようです。
 波が1本1本重なるように作られた欄干には、林家の子弟が「潮」のように一波一波、「朝廷」に向かって行ってほしいという願いが込められています。林家の人々が一家揃って役人を目指した野心をここで目の当たりにすることができます。

◆汲古書屋

 次に汲古書屋をご案内します。ここは当時、林家の書籍を置いた場所。よく見ると、扉の付け方が中国伝統の風水とは矛盾する「門対門」になっています。普通の建築は一つの門に対して別の門が向き合うような造りにはしませんが、これは林家の不注意ではなく、蔵書の「湿気予防」のためなのです。右側のガイドさんを見てください。雨が降り、風が吹いた時は、扉をきっちり閉められるとても賢い設計なのです。林家の建てた建物は全て細かいところまでよく考えられています。

◆方鑑齋

 次にご覧頂くのは方鑑齋。方鑑とは「四角い池」のこと。方鑑齋は水をたっぷり湛えた池の隣にあります。齋とは書斎のこと、斎戒し心身を清めるという意味があります。林家の兄弟や子孫の図書室になったり、文人墨客の交流の場になったり、ここには文化人の風雅があります。中庭の池は一つの閉ざされた空間、自給自足の水源です。この静かな一角は詩人墨客が詩を吟じ、歌をやり取りするのにぴったり。当時の林家にたくさんの高位高官が集まった様子を伺い知ることができます。

◆舞台

 私たちは当時の華麗な舞台の大盛況振りに加わることはできませんが、台湾伝統歌劇の「歌仔戯」や音楽イベントのときは100元のチケットを買えば、当時林家に招かれた気分さながらに、この舞台の下に座って、広場や池を隔てて楽師による南北管の演奏を聴き、古の風雅を楽しむことができます。今、私たちがこうして昔を偲ぶことができるのは幸せなことです。昔、一般の人はここに入ることはできなかったのですから。

◆隠居橋

 くねくねと変化する小橋、塀に沿って築かれた山。峰が連なり、古めかしい趣が綿々と連なる中、静かな石橋を渡ると本当に詩を読みたい気分になってきます。まるで自分がきちんと正装した林家の紳士になって、きらびやかな淑女を伴い詩歌の宴に来たようで、生きる喜びすら感じられます。

◆来青閣

 当時、この閣に登って遠くを眺めると、周りを取り囲む深い緑が目に映ったため、「来青」と名付けられたそうです。この閣は主に客人を招くためのもので、当時、最も頻繁にここに泊まったのは有名な台湾総督「劉銘傳」氏でした。
 「来青閣」の天井に描かれたこの図は「白鶴朝陽」と呼ばれています。白鶴は昔、最高位官僚だった「一品官」の礼服に付けられた動物で、太陽は「皇帝」の象徴。林家の祖先は後代の子孫にこれを目標にしてほしいと願ったのです。また、その周りには4匹の蝙蝠が配されています。蝙蝠は「福を賜る」と発音が似ていて、林家永遠の幸せを託しています。

◆開軒一笑亭

 開軒一笑亭は来青閣の真正面にある舞台です。来青閣に宿泊するお客様を楽しませるため、主に戯曲を演じたそうです。亭の上の太師壁はすごいですよ。8匹の「魑虎」です。昔は皇帝にしか龍を使うことは許されず、庶民が龍を使うことは大変失礼なことでした。そこで林家は龍の生んだ子と伝えられる魑虎を使い、清朝に対する敬意を表しました。

◆横虹臥月

 開軒一笑亭の近くには虹の形をした橋があります。これが横虹臥月橋です。花園全体の中心に位置する橋の下は珊瑚礁を積んで築かれた穴が抜けられ、橋は弧を描きます。宿泊する日の夜、来青閣に遊びに行くときに、橋の上の観稼樓に月の光が零れます。また、昔は正面の観音山の南に広がるあぜ道が続く農園の風景が一望の下に見渡せたそうです。

◆香玉簃

 次は香玉簃を通り抜けます。香は嗅覚、玉は視覚、そして簃は「楼閣の横の小屋」のことで、花を観賞するための場所です。空き地になっている所はもともとバラ園でした。規模は小さいけれど、園内で最も面白みがあり変化に富んだ建物です。前には木の扉が付いていて、扉を通して向こうを見ると、田園風の趣が増します。花畑には花見台があり、花を観賞しながら、お酒を飲んで詩を作れば、周囲の建造物とのコントラストで更に詩情や絵心が湧き出てきます。

◆観稼樓

 観稼樓は2階建ての建築で、観稼という名前からも分かるように、農作物を愛でながら、農夫が農作業する姿を眺める所。当時の林家の財力では、この観稼樓から見渡す限り全て自分の天地だったことでしょう。その「王者の貫禄」による誇らしさは言うまでもありません。遠くで農夫が作業する姿を眺めることで、林家の人々が「一粒一粒の苦労」の本当の意義を理解し、身の回りの全てを大切にして欲しいと願わずにはいられませんでした。

◆敬字亭

 榕蔭大池で最も特徴的なものが敬字亭です。林家は文章や書籍を重んじたので、字を書いただけの紙も無碍に捨てることは許されず、きちんと集めて縁起の良い日にこの敬字亭で燃やし、感謝と尊敬の念を尽くしました。これこそ敬字亭の重要な役割、私たちがセンター試験終了後に教科書や答案用紙を燃やすのとは訳が違うのです(笑)。

◆定静堂

 定静堂という名前は大学篇の「定而後能静」から取ったもの。園内で最も広い場所を占めるこの四合院建築はお客様をもてなす所です。前庭は広く、左右にそれぞれ月洞門があり、堂の前後は亭が連なり、回廊に戸はなく、そのまま中庭に面しています。林家の巨大な財力からして、訪れる人は絶えなかったでしょう。この堂こそがそんな賓客たちを盛大な宴会でもてなした場所なのです!
 ざっと眺めると3つの門が全開になっているのが見えますが、これは当時、高貴な人々が訪れた時の待遇なのだとか。ガイドさんの説明によると、この3つの門は、訪れた人の身分や地位によって、幾つの門を開けて歓迎するか決めたのだそうです。身分が十分高いお客様は3つの門を全開にして直接広間に通し、少しランクの下がるお客様は申し訳ないけれど、2つだけ開けて少し回ってもらい、大切なお客様でなければ1つだけ開け、身分の低い者は入ることすら叶いませんでした。3つの門が全開になった定静堂で、当時の高官の貫禄を味わって下さい!

◆月波水榭

 榭は「水中の建築物」に覆いかぶさるもの、外から見ると菱形が二つ重なったような構造です。周りは池で囲まれ、波の照り返しに影が差して最高に爽やかな気分、時がゆっくり流れているかのようです。小さな橋と外の道が連なって、横の人工の山の石段では月を眺めることができます。月の影が水に映るため、「月波水榭」という名前が付きました。左上の隅には一歩一歩上っていくという意味の《拾級》という字が掲げられ、林家の人々が常に上を目指して奮起して欲しいという願いが込められています。

◆お土産の購入

 定静堂では、特別なお土産品をたくさん用意しています。服にバッグにハガキ、小さなマスコットから、林家建築を専門的に解説する書籍などなど、何でも揃います。じっくり選んで買って、最高の思い出を残して下さい。

◆出口

 とうとう最後のポイントです。出口の隣には、古ぼけて目立たない守衛小屋があります。この小屋は昔、林家の厨房でした。四角く繰りぬかれた壁は、できあがった料理を出す窓です。門は包丁の形で、刃が外に向かって斜めになっています。門の外の低い格子戸は、普通「福州門」と呼ばれていて、以前は料理人の仕事場でした。
 林家花園に来てみて、いちばん特徴的だったのは、ポイントごとにそれぞれ違ったサプライズがあること。様々な設計スタイルや装飾品、巧妙に設計されて数々の違ったスタイルを表現しています。林家に用意された様々なサプライズを自分で見つけてくださいね。


いろいろな発見


◆飾り窓

銭さし/巨万の富の象徴
桃/長寿の象徴
チョウ
コウモリ
瓶/平穏無事の象徴
 生き物の形をした飾り窓は2つとも、閉じた蝶々と、閉じたコウモリとセットになっています。蝴蝶の「蝴」や蝙蝠の「蝠」は、発音が「福」の字に似ているため、林家は一族全員が幸せであることを祈ったのです。

◆燕尾式屋根

 当時、燕尾式の屋根を使うことができたのは、寺院と役人の家だけでした。林家の羽振りの良さが伺えます。

◆竹の設計スタイル

 竹にはたくさんのプラスの意味があります。中が空洞なのでわだかまりのない謙虚な心を表したり、ほっそりした形から長寿を表したり、青々としているので衣食満ち足りることを表し、竹の節は男の気骨や女の貞操を表します。

◆孔雀小屋

 孔雀を飼育して観賞するためのもの。林家花園では今でも孔雀を飼っています。

◆福の中に在る人は福を知らず

 人が立って入るところを前から見ると「福」の字が現れます。そして後ろから見ると酒瓶(発音が平穏を象徴する)に見え、そこに立っている何も知らない僕は、本当に「福の中に在る人は福を知らず」でした。

◆寿

 青い線が実は「寿」を表しています(写真左)

 国民党軍が台湾に逃げ延びてきた当初、故郷中国を思っては木に刻んだ思いが、歳月の面影となりました。(写真右)

◆聖旨牌

 これさえあれば、誰もが林家の当時の豊かさが分かるでしょう!

◆咕咾石洞

 台湾では採れないサンゴ石の一種の咕咾石、想像してもらえば分かる通り海外から運んできたものです。林家の造園にはほとんどの材料に輸入品が使われています。現代で言えば数億元を庭園にかけるようなものですが、適当に散財したわけではありませんよ。

ミニ情報

  • 団体のお客様で日本語ガイドを希望される場合は、10日前までの予約が必要です。
  • 個人のお客様は受付の日本語パンフレットをご利用ください。
  • 補修などのため、定休日以外にも参観できない日があります。

記者:詹先生
  板橋林家花園(林本源園邸)は台湾に現存する最も完全な園林建築で、歴史と伝統の宝庫です。ガイドさんの詳しい解説を聞くと、古代中国の園林芸術の要素を満たしていることがよく分かります。こんなに意義深い建築が台北に残っていることに喜びと幸せを感じました。世の移り変わりを経た歴史から多くのことを感じたり体得したり、とても言葉では言い表せません。
  古色蒼然たる台北を味わいたいなら、まずは林家花園を訪れてみましょう。
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最終更新:2017年5月22日 copyright(C)