孔子廟の歴史 台北の孔子廟の建設が始まったのは、さかのぼること1875年。しかし、現在の思わずため息がでてしまうような豪華な廟が完成するまでには、さまざまな紆余曲折がありました。当時としては空前の費用と尽力を費やし、ほぼ10年をかけて孔子廟が完成したのは1884年。祭礼の準備のため中国大陸に人を派遣したりと、廟の経営が本格化しはじめた1894年、日清戦争が勃発しました。 戦争の結果、台湾は日本に割譲され、日本軍が台北を占拠。孔子廟や記念碑、備品のほとんどが破壊され、廟の敷地は日本人学校として利用されました。しかし1920年代から孔子廟復興の動きが市民の間に広がり、中国大陸から寺院建築家を招聘。1939年に現在の孔子廟が完成したのです。 第二次世界大戦後、孔子廟は台北市に寄贈され、台北市政府の管轄下におかれました。そのため毎年旧暦9月28日の孔子誕生日に開催される「孔子節」では、台北市長が祭官長を務めることが慣わしとなっています。各地で開催される「孔子節」ですが、ここ台北孔子廟での規模は台湾一。古代中国の宮廷衣装に身を包んだ人々が、伝統の雅楽と踊りを奉納する様子は、まさに一見の価値あり。このお祭りのためだけに台湾旅行を計画しても惜しくないぐらいですよ。
建物のみどころ
孔子廟の南側、庫倫街に面した外壁に「萬仞宮牆」の四文字が大きく書かれています。これは論語の「夫子之牆數仞,不得其門而入,不見宗廟之美,百官之富,得其門者或寡矣」から採られているそう。「学問を収めるのに近道は無い、真面目に学ぶのみ」という意味だそうで、思わず襟を正したくなってしまいます。 一方、壁の内側には色鮮やかな麒麟が描かれています。中国の伝説では、麒麟は温和な聖獣で、才能豊かな男の子の誕生を予告するのだとか。孔子廟以外でも、寺院や官庁でよく麒麟のモチーフを目にすることができますよ。 この壁がある門前エリアは、木陰にベンチが置かれ、公園のような市民の憩いのスペースとなっています。リスが参拝客にエサをねだったりと、とてものんびりしたムード。しかし孔子廟内で勉強をすると合格するというジンクスがあり、受験前は真剣な顔をした学生達でいっぱいになるそうです。